これ、日本人の99%は読まずに通り過ぎると思います。そうして、人生を損します。
仏文学で、かつアフリカ系移民の話ですからね。ほとんどの人に親和性のあるテーマではない。タイトルもわかるようでわかりません。さっと手にとってさっと物語世界に入れるような類の本ではないように思えます。
が、これは大いなる勘違い。個人的には2019年のベスト小説でした。
一生涯に会えるのは一人か二人か三人かっていうくらいに、ものすごい力量。
翻訳モノといえば近年ミステリーしか読まなくなってしまった自分が、ミステリー並みのスピードで一気に読みこんでしまった。一方でじっくりしっかり、味わうように繰り返し読みたい本でもあります。手に取ったのは何かの偶然。そうして、人生を得しました。
人生がハードになりつつある30代以上ですかね。家族の悩みや離婚問題を抱えた人、恋人に振られそうな人、仕事がうまくいかない人には特に。そんな登場人物ばっかりですから。
とはいえ、悩みのない時期に読んだ自分もぐっと来ました。この先、沈み込みそうな時期にページを開きたくなる1冊になりそうな。要するに、図書館で借りないで買った方がいいんじゃね?って小説です。ちょっと高いけど。
最初の1文は220字も!
まず書き出しに度肝を抜かれました。「楢山節考」(深沢七郎著 ※1)とか「マルドロールの歌」(ロートレアモン伯爵・著。こちらは本文ですが。※2)以来の衝撃と言っていいのか
1文が220文字強! 長すぎです。何びとも絶対に真似してはならない文章作法です。しかしながら、この一文にすっかりやられてしまいました。
かもしれません。
冒頭で「こりゃダメだ」と思う人と「よくわからんけど、すげー!」と思う人と二手に分かれるでしょう。その点、作者は最初に踏み絵を差し出しているような。なぜなら反則的な長文は以後ほとんど出てこないからです。むしろ文章は読みやすい。
最初は結構読み飛ばしたのですが、流れはちゃんとつかめましたし。
つまらなかったら本を閉じようくらいに思っていたのでね。人物関係が明らかになるうち、どんどん面白くなって途中で戻ったりもしましたが。
というわけで、冒頭で「こりゃダメだ」と思った人もちょっと待って。ここで本を閉じたら、人生を損しますって。
1、「楢山節考」(深沢七郎・著)
姥捨て山の話ですね。書き出しは「山と山が連っていて、どこまでも山ばかりである」。これまたこの作者にしか書けない荒業です。
シュールレアリスムの詩集です。「解剖台の上でのミシンとこうもり傘との偶然の出会いのように彼は美しい」だったかな。20代の頃にカッコつけて読んだのですが覚えているものですね。年取った今となっては読む気になれない難解さですが、インパクトはすごくありました。
主人公のお尻は30ページくらい痒いんです
本編は3つの物語から成り立ちます。時代は現代。どの作品にもアフリカ系の移民女性が登場します。でもって、人物が各話で一部リンクする。
タイトルは「三人の逞しい女」ですから「肝っ玉母さん」めいたものを想像する人もいるかもしれませんがそうではない。むしろ弱者と呼ばれる環境の中で、どうにかして生きていくしかない女性たち(二話目の主人公は男性ですが)を描いています。
一番ヘビーな3話目は難民の話なので「究極的な貧しさ」は息苦しいほど。
ですが、1話目、2話目については愛の消えた人間関係がテーマでしょう。毒親と呼ばれるような父と娘との再会であったり(先の書き出しがそれ)、妻に失望された男がその愛を取り戻そうとぐちぐち一人語る展開であったり。
2話目の主人公は怒りっぽくてダメダメな男です。で、個人的にはこの話が一番のお気に入り。
かつては颯爽とし自信に満ち溢れていたはずの男が、いまや落ちぶれて妻にも息子にも愛想をつかされ、会社もクビ寸前、お金がないので携帯すら持てなくなった。自分のせいなのに「いまどき携帯を持てないなんて自分だけだ!」と腹を立てたりね。
この主人公は痔もちでもあり、たびたび痔のかゆみに襲われます。
かゆさを抑えようとお尻を椅子にこすりつけるや、大きな音を立ててしまい同僚に振り向かれたり。で、そのことにもムカムカしている。彼のお尻は30頁くらいずっと痒いんです。
悲劇と喜劇は紙一重ってことです。
だけど、こんなダメな彼を嫌いになれる読者はいないはず。たぶん、どこかで私やあなたに似ているんです。「妻の心を取り戻したい」と右往左往する主人公を応援したくなってくるんです。
文学だけど謎解きミステリーのような
本編は主人公の思考の流れとともに進んでいきます。
読者は何がどうなっているのかわからないまま(そもそも主人公が何者なのかも最初はよくわからない)物語に引っ張られていく感じ。徐々に大変な状況があきらかになっていく感じ。
冒頭でミステリー並のスピードで読んでしまったと書きましたが、その意味でも実際、ミステリーを読む感覚に近い気もします。
その上、作者が手練れなわけです。もしかすると全文うまい。
日常生活において「この感情をなんと表現したものか」と考えることがあります。人には言えない(または言うほどでもない)モヤモヤした感情とか言葉なんかは、そのままどんどん澱のようにたまっていくわけですが。
そうなのです。
病気の名前が判明するとどこか安心するように、モヤった感情にもなにがしかの表現がつくと安心しますからね。作者が言葉にしてくれたことで気分が軽くなる気がする。
この物語の登場人物は、ほとんどの読者よりもしくじり度は高いわけです。絶望の度合いもきっと高い。けれど、そんな彼ら彼女らに慰められている気にもなる。ポジティブな要素は何一つないのに、だけど、読後感はそう悪くない、少なくとも1、2話目は。
絶望の時に読む「絶望読書」という本がありますが個人的には「三人の逞しい女」こそ推薦したい図書。
100人中99人は読まないけれど、読んだ1人を徹底的に癒す力のある物語だと思いました。