このインタビュアー、日本で一番うまいのではないのか?
普通に考えて、フジファブリックファン以外の人がこの本を手に取ることはないでしょう。
だけど、これはファン以外の人が読んだとしても絶対に面白い。単なるヒマつぶし目的でも、出版なんかの仕事をしている人にも価値のあるインタビューです。
概要を書きますと、デビュー15周年に合わせて出版されたまるごと一冊フジファブリックのムックです。
現メンバーの取材が主ながら10年前に逝去したボーカルの志村正彦の記事も再掲載。ほぼ全編同じインタビュアー(樋口靖幸氏)の手によるもの。
一応、本ブログで触れる概要をちょこっと。
③の樋口さんが何よりすごいってことでライターおよびその志望者に向けての記事でもあります。
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曲は知らない、だけど、聴いてみたくなる本
先に自分語りをします。
仕事はフリーライターです。インタビュー記事はたくさん読んできましたし、たくさん書いてきました。
でもって、正直なところ、音楽含む芸能関連のインタビューはファン以外には面白くも何ともない記事も多い。
CD聴いてなきゃわかんない話とか、映画観てなきゃわかんない話とか。
何故にそうなるのか?
ライターが高みを目指していない、できるだけさっさと書き終えたいと考えているとかね。
もちろん、人間ですからやる気の出ない取材というものもあるわけです。
一方、高みを目指していてもスキルの問題であったり、取材環境の問題であったりで上手くいかない場合もある。
相手との関係性が築けていない(有名人取材なんて一期一会の方が多いのでそうなりやすい)とか。
事務所が公式回答っぽいことしか言わせたがらない(日本の若手女優には特に多い)とか。
掲載紙面が少ない(1,000字程度のインタビューで情報と個性の両立は難儀)とか、様々な要因も絡んでくる。
自分は遅れ過ぎた中年ファンです。今の今は志村正彦時代のフジファブリックばかり聴いている人間です。
つまり、3人体制になった以降の曲をほとんど知らない。だけど、この本を読んで彼らの曲も聴きたくなりました。
怒りは溜まるがままにグツグツさせておく?(加藤慎一)
ひとつ例を挙げます。
フジファブリック、ベース担当・加藤慎一へのインタビューです。
「そういうキャラ」ということでフジファブリックファンには定着しているようですが、以前、メンバー3人で出ていたトーク番組でも3人なのに彼だけがほとんど黙っていたり。
レコーディングの最中なんかも「今日は加藤の声を一度も聞いてない」みたいな逸話があったり。
本インタビューでも「去年の倍は喋ってもらわないと困ります」と釘を刺されてスタートします。
で、中途、「(志村含む)メンバーとのぶつかり合いはなかったのか」的なことをインタビュアーが尋ねるわけですね。
これはまぁ、突っ込んだ話ではあるけれど私でも聞くかもしれません。
けれど、加藤さんは「そうですね」とか、「まぁスムーズにいかないこともありますよね」みたいな無難な受け答えをする。
これに満足しないインタビュアーは「加藤さん的にはどうなんですか?」ともう一度尋ねます。
加藤さんは「辛いこともあるけど、ライブですごい反応が返ってきたみたいな喜びに比べれば大丈夫というか」みたいな無難な受け答えをする。
自分ならこの辺であきらめます。おそらくほとんどの取材者はこの辺で話を変えることでしょう。
が、このインタビュアーはあきらめません。
「その辛いことって加藤さん的にはどんなことなんですか?」
「もう一回聞きますけど、メンバーとぶつかり合って辛いと思うことはないと?」
「カチンと来たり、イラっとすることは?」
「(でも、カチンときたら)言いたくなるのが人の性ですよね?」
「じゃあ、負の感情の行きどころは?」
どんどんどんどん畳みかけていくわけです。
でもって、最終的にハッとするような言葉を引き出します。
加藤慎一「溜めておくっていうか・・・そういうのは外に吐き出すよりも・・・自分の中でグツグツしておけばいいかなって。(中略)自分の場合、ずっと溜め込んでおけるというか」
怒りは溜まるがままにグツグツさせておけば良い。
こんな考え方、世界で初めて聞いた気がします。でもって、この一言で加藤さんという人間にがぜん興味が湧きました。
最初の方で語った「辛いこともあるけど、ライブですごい反応が返ってきたみたいな喜びに比べれば大丈夫というか」程度の話なら、「ふーん」と思って流してしまったはず。彼にも別段の関心は持たなかったはず。
読者が読み流せないフックを引き出していく。
そのフックみたいなものはどんな人間でも持っているものですし、ミュージシャンならなおのこと。
ただし、さらっと質問しているだけではなかなか出てきません。フックというのは言いたくないこと、ネガティブな場合も多いですから。
でもって、本誌のインタビューは全てに「おっ!」と思うようなフックがある感じ。
現フロントマンである山内総一郎に「音楽に飽きてしまったらどうしようって。それが一番怖いんです」みたいなことも言わせている。
これはインタビュアーを絶対的に信頼していないと言えない言葉でしょう。逆にこの言葉に人間味を感じ、応援したくもなりました。
「どうすれば、女の子と付き合えるんですか?」(志村正彦)
さて、『音楽と人×フジファブリック』でほぼすべての取材をしたのは編集の樋口靖幸氏です。
かつてのボーカル、志村正彦も10年前の日記で樋口氏について触れていました。
『音楽と人』の名物になっているらしいライター樋口さんとの取材。なんか樋口さん、僕のことを僕よりも知ってるから見透かされるんですよね、何言っても。
話をそらしたりすると、「そんな言葉は要らない。記事にしない。もっとほんとのことを言え」と。
『東京、音楽、ロックンロール完全版』 2009.03.12の日記より。
ああ、なるほど。
テーマは「もっとほんとのことを言え」。
聞かれている方が恐々としているかといえばそんなことはなく。
一種カウンセリングを受けているような気分になるのではないかと想像します。「話しているうちに本当の自分が見えてくる」ような。
実際、取材というより対談に近いです。聞き手である樋口氏のキャラクターも立っている。
知人間の内輪っぽい雰囲気からミュージシャンの素も垣間見える。自分もそばで話を聞いているような臨場感があります。
ただし、これは『音楽と人』でのインタビューだからこそ、樋口氏だからこそ。自分の媒体を持たない並のライターが真似するのはダメですよ。
「あんた、誰よ?」とか「聞き手の分際で話し手より喋るんじゃない!」みたいに思われますからね。
いやいや。
キーボード、金澤ダイスケの著作『週刊金澤 2007-2014』でも樋口氏のインタビューがありますが、ここでの氏は『音楽と人』でのキャラは封印しています。
おかしな言い方になりますが、彼ほどの力量があってもアウェーでは聞き役に徹していますからね。
『音楽と人×フジファブリック』に話を戻します。
本誌では志村正彦が日記で記した取材も再録。
『sugar!!』や『CHRONICLE』などプロモーション時に合わせた取材ですが、こちらもまた曲を聴いたことがなくても十分に面白い。
ここでの志村、「自分なんか面倒くさい人間だし、付き合っても幸せになれない」云々をぐちぐち言うわけです。
その対話を転がしていく樋口氏はダメな後輩を諭す先輩のようで。
志村「そりゃあ、(女の子に)好きになっていただけたらいいですけど……伝わってこないんですよ」
――何が?
志村「告白されないし」
――大人は告白なんかしないんだよ!
志村「そうなんですか? 自分でするんですか?」
――そういう問題じゃない!
志村「どうすれば女の子と付き合えるんですか?」~アルバム『CHRONICLE』インタビュー
なお、現メンバー3人のインタビューは志村正彦について言及した発言も多いです。とくにキーボード・金澤ダイスケの発言の向こうに志村の影が見え隠れします。
次は樋口さんによる別のミュージシャンのインタビューも読んでみたいと思った次第。興味が興味を呼び、小さくとも世界が広がっていくのはいいものですね。
※プラスもう一冊、紹介。本誌を読んだ後に購入した『週刊金澤 2007-2014』
週刊金澤2007-2014 (SPACE SHOWER BOOKs)
※志村正彦の『東京、音楽、ロックンロール完全版』同様、日記が主体ですが、金澤ダイスケ本は雑学が多くて別の意味でも面白いです。
「雪を溶けにくくするために塩を混ぜる」とかね(私は北海道出身でしたが知らなかった!)、「納豆の鮮度の見分け方」とか「吉田うどんのレシピ」とか。
ただの日記でも十分ファンは集まったでしょうが、読者にお土産を持ち返らせようするサービス精神というのか。彼の性格がよく表れています。
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本記事は志村正彦時代のフジファブリックファン向けです。 志村関連のDVDをライブ開催順(※PVもあるので発売順)に紹介していきます。 みじめん なかでもおすすめは? おすすめなんて書きましたが全部[…]
[adcode] 「あと20年、30年は続けます!」 そう言っていたくせに、その年のうちに死んでしまった。 志村正彦とはフジファブリックの元ボーカルで、2009年のクリスマスイブに亡くなったミュージシャンです。享年29歳。なぜ[…]
タイトルについて補足。ご存じの方は蛇足で失礼。 志村正彦とはフジファブリックの元ボーカルです。名ソングライターでもあり、バンドの代表曲『茜色の夕日』や『若者のすべて』のほか、他アーティストの作品など80曲以上を生み出しました。 […]