『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください。』というタイトルの本を見つけたので、そのタイトルのみのインパクトで購入を決めました。
これが、タイトル以上にすごかったので紹介します。「低スペック女子向けの自己啓発書」であると同時にブックガイドみたいな、あまり類をみないタイプでもある。
ある意味そうともいえます。馬鹿ブス貧乏でなくとも、あなたに響く情報か、はたまた言葉が、この本のどこかにあります。
アフターピルの入手方法から岩波文庫の青帯の話まで
著者の藤森かよこ名は初見でした。イメージ的にジェーン・スーあたりの流れを組む、毒舌エッセイストかなんかかねと思ったわけです(※帯カバーの推薦文もジェーン・スー)。
次世代の、つまり、若い書き手が登場したかと。
が、そうではなかった。こう言っては何ですが、毒舌エッセイのような軽い口当たりのものではなかったのです。
そうなのです。
藤森かよこ、電話帳並みの厚さのアメリカ文学の翻訳書はあるけれど↓
『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください。』が初の著作となります。
デビュー作ではあるけれど内実ともに遺作のよう。なんてことを書いたら誤解を招きそうですが、「自分が学んだこと、知っていること全て漏らさず書ききってやる」みたいな、ものすごい濃度を感じる。
著者いわく本書は「低スペック女子向けの自己啓発書」とありますが、対象年齢は10代後半くらいから70歳とか80歳くらいまで、要は死ぬまで! すべての女性が対象です。
で、何を書いているかというと、仕事とかお金とか本格的にブスい容貌をどうするかとか馬鹿に最適な語学学習のこととか社会保障問題、更年期問題とかもうこれまたすべて。
三部構成で青春期、中年期、老年期に渡り、アドバイスというのか、もう「みっちりみっちみち」女の人生に起こりうる悩みや問題、トラブルの解決法凝縮版みたいな感じ。その過程で彼女が生涯読んできたおススメ本が登場したりもする。
「強姦された時のアフターピルの入手方法」と「岩波文庫の青帯(思想、自然科学系)本のススメ」とを同じ温度で語れる作家なんて見たことがありません。
ここだけ抜き出すとヤバい人みたいですが。「運がよくなるらしいアレコレ」みたいなくだりでさらっと紹介していますね。本気というより、ネタ的なタッチ。その後はしごく冷静な文体で作者は綴っています。
占い師に本気で相談してはいけない。
あなたひとりの人生の問題などあなたひとりで何とでもなる。
「なんちゃって馬鹿ブス貧乏」向けの自己啓発書
これについてはズレのある気がします。
だって、作者は元大学教授だったりしますから。
とはいえ、その肩書ほどの華々しさはなく落選続きであったとか、なんとか職を得た後も途中でやる気も体力もこそげ落ちたりとか、要するに「志はあったけど、思うほどの高みにはいけなかった」感は漂ってくる。
で、読者層もおそらくここに当てはまるのではないか。
そこまで状況は悪くはないけれど「なんちゃって“馬鹿ブス貧乏”」な人たちがターゲットという。
多分、本気の馬鹿ブス貧乏な人たちは本書を手に取らないような気がします。
でも、読んだらもっと怒る気がします。
本書は「あなたは馬鹿なので~」とか「あなたは馬鹿でブスなので~」とか「馬鹿でブスで貧乏なあなたは~」とか、いちいち枕詞をつけながら話が進んでいくわけです。
あなたは貧乏なので、賃金労働をして生活費を獲得しなければならない。引きこもるとかニートになるとかの選択肢はない。あなたの親にもあなたがそうなることを受け入れる余裕はない。
とか
あなたは馬鹿だから、ついつい小賢しく計算しがちだ。あなたの頭は本質や大局を見ることはできないが、矮小な打算はできる。しかし、馬鹿なのであなたの打算は的外れになりがちだ。
とかね。
これ、私のこと言ってんじゃないか?と読みながら思ったわけですが、今の世の中、「馬鹿だ!ブスだ!貧乏だ!」と人に貶められることがなくなっているわけですよ。
こんなに罵られるのも小学生の頃の男子とのケンカ以来のような。だからこそ、新鮮です。逆に、普段言われ慣れていない人が読む方がよい。
そりゃそうでしょう。もし、これが自分より若い作者が書いたものならちょっとイヤだったかもしれません。
そこは働き方改革が進もうと、若い経営者のスタートアップ企業がもてはやされそうとも、日本人の遺伝子として組み込まれている年功序列のなせる業なのか。作者が67歳。許せる。どころか、有難いお言葉とすら思える。そこは大きい。
『老いのゆくえ』の書評でも思ったわけですが、書ける高齢者って最強なわけです。
自分の親世代の話を有難がって聞きたがる中年、若人層は少ない気がしますが、書物になると別です。出版不況とかなんとか言いますがやはり活版印刷はパワーありますよ。中世三大発明から600年くらいの時を経ようとね。
一応、出版側の人間なんでね。すみませんね。
中年女性よ、もっと消耗せよ!空っぽになるまで生きろ!
『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください。』の作者は心も文体も脳も若いです。
毒っ気のある文章を読んだだけでは30代、40代くらいの作家に思える。
本書では何度となく「馬鹿なんだから勉強くらいきちんとしろ!」みたいな下りが出てくるわけですが、著者自身、ずっーとずっーと勉強してたんだろうなと思います。そうして、今の今も勉強し続けているだろうと。
書かれている内容が多岐に渡るため、私とて全てに賛同するわけではありません。陰謀論方向へ、筆が走ることもある。
だけど、賛同できる7割は名文句揃いです。
あなたに刺さる言葉は必ずある!
最後に、中年期を生きる自分がとりわけ自己啓発された文章を引用しておきます。
現代の女性は(中略)過労が足りない。消耗が足りない。だから、普通に生きているとどうしても女性は無駄に長生きするはめになる。人間は空っぽになるまで自分を蕩尽(とうじん)しつくさないと元気に死ぬことができない。
女性も力を出し惜しみすると馬鹿になる。あなたはただでさえ馬鹿だから、これ以上馬鹿になるとゴミだ。中年期には空っぽになるまで大いに大いに、自分をこき使い燃焼させてください。
実現するのが死ぬ寸前とか死んでからかもしれない程度の身の程知らずの夢を心に抱こう。