フジファブリックの山内総一郎は言いました。
『MUSIC』は志村正彦が制作途中で急逝したいわくつきのアルバムではなく、「フジファブリックの5枚目のアルバムとして聴いてもらえたら嬉しい」と。

特に当時のファンはそうかもしれません。
ボーカルの志村正彦が急逝したのは2009年12月24日。5thアルバム『MUSIC』の発売は2010年7月28日。
志村の詞にはさよならを予感させるようなものも多いときて。
10年遅れのファンである自分でさえ、「志村最後のアルバムか・・・・・・」と身構えてなかなか聴けませんでしたから。下記で触れたように。
[adcode] 現役ライターが過去のインタビュー記事などから再構成した志村時代のフジファブリック史・最終章。 デビュー前からの夢だった地元ライブを終えた志村正彦は「夢叶えた現象から一回灰になってしまう」。長年のスランプと相まっ[…]
だけど、聴いてみた『MUSIC』はあっけないほど傑作でした。
志村正彦の遺作であるという事実を抜きにしても、フジファブリックのアルバムの中で私はこれが一番好きかもしれない。
以下、志村やメンバー、アートワークに携わった関係者のコメント、個人的な楽曲の感想を交えつつ、『MUSIC』を掘り下げていきたいと思います。志村絡みの小ネタ脱線もあります。
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フジファブリック『MUSIC』志村の声が隣から聴こえる
【収録楽曲】
1.MUSIC
2.夜明けのBEAT(テレビ&映画「モテキ」主題歌)
3.Bye Bye(PUFFY楽曲提供楽曲)
4.Hello
5.君は僕じゃないのに
6.wedding song
7.会いに
8.パンチドランカー
9.Mirror
10.眠れぬ夜
まず、さまざまなところで書かれているように、10曲中8曲はなんらかの形で志村の音源が残っていたんですね。デモで歌まで録音していたとか。アレンジまで出来ていたとか。
でもって、本作は残された音源を引き継ぎつつ、3人のメンバー(Gt山内総一郎、Key金澤ダイスケ、Bas加藤慎一)が完成させたものです。
ボーカル志村が急逝した翌年の1月時点でメンバーの目標は2つあったと言います。
その年の7月に予定されていた富士急ハイランドでのライブ『フジフジ富士Q』の決行と、制作過程の『MUSIC』を形にすること。というより、それがあったこそ、志村の急逝という、どん底の時期をなんとかやり過ごせたと金澤ダイスケは語っています。
当然、以降の活動をどうするかは、遺されたメンバーの誰もわかっていなかったわけで。
デモだから声量はない、でも、そばで歌っている感じ
曲作りの様子は志村正彦の日記にも残っています。
ツアー合間(※『CHRONICLE』ツアーのこと)ですが曲作りをしています。『CHRONICLE』とはまた全然違う曲達が出来上がってます。
~~『東京、音楽、ロックンロール』2009年6月9日今日はとんでもないニュースで目が覚め~(中略)あまりに寂しいので珍しく知り合いを誘って飲みに行こうと思いましたが、何にも解決しないと思い、僕はインディーズの頃にずっと使っていたフェンダーテレキャスターというギターをケースから出して、曲を2曲書きました。
僕はミュージシャンだからそうしないと解決しないのです。素晴らしい曲が出来ました。心の底から、歌っているだけで涙が流れてしまいそうな曲が出来ました。
~~(同2009年6月29日 ※マイケル・ジャクソン急逝の日に)
「歌っているだけで涙が流れてしまいそうな曲」が果たして『MUSIC』に入ったかどうかは定かではないのですが、『MUSIC』は「聴いているだけで涙が流れそうな曲」が多いわけです。
志村が亡くなってしまったから、というのはもちろんあります。どうしたって、それ抜きでは聴くことのできないアルバムです。
だけど、『MUSIC』と他のアルバムの大きな違いがもう一つあって、それは志村正彦の声が近いということ。
デモ段階の歌なんですよ。ちゃんとした本チャンの録音じゃない。だから、志村が慣らしくらいの気持ちで歌っているのも多い。たまに歌い方が雑。結婚するマネージャーに捧げた『wedding song』なんて声が割れてるし、「なんてヘタクソなんだ!」と切り返したくなるくらい音痴な感じがしないでもない。

志村君、すまない。
何が言いたいかと言うと、通常のレコーディングを経ると何割増しかは上手に聴こえるわけですよ。もちろん、それはそれでいいんです。だけど、そばで歌っている感じはしないですよね。
『MUSIC』はデモであるがゆえに、志村君が自分のすぐそばで歌っているような感じがするんです。素で歌っている感じが、たまらなく心に沁みる。
で、以下でいくつかの楽曲を紹介します。
詳しい解説は「MUSIC」のライナーノーツでもどうぞ。
『MUSIC』の楽曲紹介&制作トリビア
『MUSIC』――志村がアルバム中一番好きだった曲
まず、アルバムタイトルにもなっている1曲目の『MUSIC』。2分33秒と短い曲ですが、志村がこのアルバムで一番気に入っていたもの。
春夏秋冬を辿っていく歌詞ですが、5月ごろに聴くにぴったり。何かが始まりそうな予感もたっぷり。ただ、なんで『MUSICなんだろ?』というのはありますが。

志村はかつて言っていましたね。
だいたい最後に思いつきで決めると。仮タイトルのまま、いっちゃう場合もあると。この『MUSIC』の場合も、最初は曲名なくて「でも、いい曲だし、アルバムタイトルと一緒にするか」みたいな流れだったような。
それはいいんだけど、検索かけても埋もれて出て来ない曲名です。『若者のすべて』みたいなタイトルなら一発なのに。名曲の割に存在が薄い気がするのはタイトルのせいではないかと勝手に思っています。

という話ですね。すみません。
個人的にも大好きな曲です。イントロで「これはもう好きだな」と思った。気持ちが和むメロディです。
20代の頃によく聴いていたサニーディ・サービスに似た曲調の気がしてね。時々声が掠れる感じもいい。個人的な記憶と相まって琴線に触れるものがありました。
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志村正彦が夏に聴きたかった“初恋の嵐”

ちょっと脱線しますが、「夏に聴きたい曲は?」と聞かれた志村正彦はサニーディ・サービスの『スロウライダー』を挙げていたんです。
このチョイスには少しびっくりしました。それで夏の曲だったと気づいたくらい。「真夏の花火」とか「海」みたいなキーワードはあるけど、サニーディ・サービスで夏の歌なら他にもっとあるよね、そのまんま「江の島」とか。
逆にそれが志村らしいのかな、と思いましたが。
さらに脱線を続けますと、この時の答えは広末涼子(高校生志村が大ファンだった)のアイドルソングと初恋の嵐の『真夏の夜の事』。
広末はともあれ。初恋の嵐。
志村は「この曲は僕のことを歌っています」とコメントしています。
めちゃくちゃ美しい曲ですが、初恋の嵐のボーカルもこのメジャーデビュー前に急逝しています。心不全。25歳くらいじゃなかったか。
PVも素晴らしいです。出演している山本太郎を見るたび、なぜこの人は俳優を辞めてしまったのだろうと残念に思いますね。
そういや、初恋の嵐こそサニーディ・サービスに路線が似ている。そのせいなのかどうか、サニーディの曽我部が彼らのカバーをやったりしてますね。
以上、脱線終了。
『夜明けのBEAT』――「モテキ」の主題歌
アルバムの中で一番最初にレコーディングされた曲。テレビドラマ、映画ともモテキの主題歌です。
志村が以前書いた『悪夢探偵』の主題歌『蒼い鳥』は書下ろしだったはず。
けれど、『モテキ』主題歌の話があったのは志村亡き後ですね。マネージャーか誰かが何曲かセレクトして持っていった。それらの曲の中で、監督の大根仁が最初に聴いたのが『夜明けのBEAT』だったと。

実際、映画に合っていますよ。
自分勝手なウダウダ片思いっぷりがね。てっきり書下ろしかと思っていたくらい、『モテキ』のための曲です。
大根仁監督は後に『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』を撮っています。
民生に憧れミュージシャンになった志村とシンクロしやすい何かを抱えた人ではないかと想像しますね。
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『Bye Bye』――一番泣けるセルフカバー
志村正彦がPUFFYに提供した曲のセルフカバー。
志村亡き後、メンバーが目標とした『フジフジ富士Q』でPUFFYはこの曲を歌っていますね。歌詞について「多分、これ絶対志村の実話!」みたいなネタ晴らしをしていました。
聴いてて泣けるといえば、この曲が一番泣ける。
特に「遠くに行っても どうか元気で」の「元気でぇー」のところ。甘ったれが精いっぱい虚勢を張って声を張っているような感じ。これまた傍らで歌われているような感覚がメチャクチャ強い楽曲です。
『Hello』――マンションでクボケンジと打ち込み
『Bye Bye』の次は『Hello』かって曲の並びにドキッとしますが。
「あの日の言葉はグッバイさ」「いつかはまたこう言えるのかハロー」みたいな歌詞から想像するに、別れが背景にあるような内容。ファンにも暗喩のように響いた曲でもある。

志村正彦もよもやペットロスを癒すために聴かれるとは思っていなかったでしょうが。
実を言えば、最初は特に好きな曲ではなかったのです。
言うのは簡単、やるのは難しい、みたいなくだりが「えらいテキトーな歌詞だな」と思ったりね。
が、ちょっと人工的な匂いとほぼ良いダサさが混じりあった感じがだんだんとクセになっていった。
フジファブリックにはそういう曲も割と多い。
『MUSIC』のようにイントロ一発で気に入った!みたいな曲もありますが、その一方、「最初はそれほど・・・・・・」だったのに、頭の中で勝手にリフレインしている曲があったり。
ちなみに、同じマンションに住んでいた親友、メレンゲのクボケンジが打ち込みを手伝っています。
『君は僕じゃないのに』――最後のツアーで生まれた曲
この曲は5周年ツアーのリハーサル中に作った曲らしいです。2009年9月29日から10月23日までの8都市ツアー。
「だから、ライブ感が高い」と。イントロがピアノ始まりなんですが、キーボードの金澤ダイスケが「イントロがピアノだけって緊張して心臓に悪い」とネットラジオで言ってました。
↑ここで、新曲として披露しています。DVDは音質悪いけど、アレンジも少々異なっている。志村最後のツアーでもあります。
●「会いに」――山内総一郎の初ボーカル
この曲は「~会いに行くよ」のサビ部分以外、歌詞はなかった。志村の歌録りもまだだった。で、山内総一郎と加藤慎一のそれぞれ歌詞を作って、加藤慎一バージョンが採用されたと。
ボーカルは金澤ダイスケ含む3人がそれぞれ歌い、山内総一郎のボーカルバージョンに決定。
その後、彼がフジファブリックのボーカルになるとはこの時点では予想していなかったでしょうが、歌自体は3人の中で一番慣れていたそうです。リハーサルなんかで時々歌っていたし、と加藤慎一が語っていた記憶がある。
で、加藤慎一の詞も美しいし、山内総一郎のボーカルも良い。意外な拾いもののような存在感。
山内は今ではすっかり安定したボーカリストですが、この時の「自信なさそうな」「照れくさそうな」「周囲の目を少し気にして歌っている感じ」がなんだかとてもいい。
「初心というのはこうなのだな」と襟を正したくなる気持ちになります。声自体は素直なので清涼感もあるし。好きですね。
個人的には3thアルバム『Teenager』のスピンオフという位置づけです。
なお、本アルバムの中で山内は『Mirror』(作詞:志村正彦、作曲:山内総一郎)でもボーカルをとっています。
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『眠れぬ夜』――最後のメッセージは悲しまなくていい?
アルバムのラスト。
メジャーデビュー前からあった曲にストリングスをガシガシ入れて再誕生した曲。インディーズの頃に何度か演っていたようですが、金澤ダイスケいわく「当時はオルガンについていたストリングス風のものを使って」いたと。

志村がその度に嫌がったらしいんですね。で、『MUSIC』のデモの時、どういう心情変化か、「これも入れたい」と持ってきた。
歌詞には載っていない志村の歌声も入っています。「悲しまなくてもいい」とね。アルバム最後の曲の、最後の志村のメッセージです。
うーん、急逝後にそれは・・・と意味深な感慨を持ってしまうわけですが、関係者いわく、他の歌詞を当てはめてみようとたまたま歌ったものではないのかと。実際に聴いてみると、違和感なく溶け込んでいます。ただ、歌詞の流れからいうと唐突感はある。
『MUSIC』には全ての曲が終わった後に「結構いいんじゃない」みたいな志村の声も入っています。が、とても小さい。音量あげないと聞き逃してしまいますよ。
『MUSIC』のアートワークについて
『MUSIC』のジャケットができるまでの志村への想いと裏話
最後に『MUSIC』のアートワークについて、興味深いコラムを見つけたので転載(※実際には転載の転載)。
グラフィックデザイナーの北山雅和氏が制作依頼の経緯から最中の葛藤、『MUSIC』のアルバムジャケットができるまでの秘話を語っています。
フジファブリックのことをそれほど知らなかったデザイナーが、志村正彦にどんどん惹かれていく様子には共感しかなく。
志村くんのことを知れば知るほどに、「くそぉ、逢いたいなあ」が口癖になったし、フジファブリックの5作目としての純粋な作品性と、それが結果として志村くんの遺作になってしまうことから生まれるハードルの高さ、期待の重さの狭間で、だんだんと気持ちが押しつぶされそうになっていった。 ~~2010/7/28グラフィック・デザイナー 北山雅和
志村正彦のインタビューに立ち会っていた友人からもアドバイスを受けています。
彼の口から語られた志村像は、とても屈託のない、音楽の大好きな青年で、無邪気な印象すら感じられた。そして彼は僕に向け、「北山さんが感じたとおりにやれば、どんな作品でも、きっと受け入れてもらえるはずですよ」と言ってくれた。
~~2010/7/28グラフィック・デザイナー 北山雅和
ちなみに、このインタビューとは様々なミュージシャンが作詞について語った『音楽とことば あの人はどうやって歌詞を書いているのか』のこと。
志村正彦の日記にも記載があったなぁ。
事務所にて重―い取材を受ける。
この日のインタビューは雑誌ではなく、本になるみたいです。楽しみに―。ていうか、ボーカリストのライブ前日の取材のボリュームじゃないよ。重い。ちょっと声嗄れたよ。
~~2008年8月1日『東京、音楽、ロックンロール』
と、書いてるくせに『音楽とことば』ではかなり熱く語っている。この天邪鬼め!
「歌詞っていうのはメッセージだと思うんです」と志村が言って、「いきなり結論ですか」とインタビュアーは言い、「まだ、帰りませんよ(笑)」と志村が返す。
志村正彦が歌詞についてどれほど深く考えていたかわかる本です。松田聖子の歌詞の世界まで語っていますからね。興味のある方はぜひ。
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志村正彦が「オシャレNG」から「オシャレなジャケットがいい」と言えるまでの変遷
なお、アートワークの際に北山氏はマネージャーに「志村君はアルバムジャケットに対し、どんな考えを持っていたのか」と尋ねています。マネージャーいわく「クラスの子と貸し借りするときに、ちょっと自慢できるようなお洒落なジャケットがいいと話していました」と。

そうなのです。これまた過去のインタビューとのズレがあったりして成長を感じさせます。デビュー前後はまったく逆のことを語っていたらしいから。
インディーズ時代と1stの『フジファブリック』のアートワークを手掛けた柴宮夏希氏によると、ですね。
当時、志村の中で「富士山」をあからさまに押し出すのはNGだったんです。(中略)あと、そうそう。確かおしゃれさもNGでした(笑)。
貴重! フジファブリック超初期のアートワーク担当の柴宮夏希が当時のバンドやジャケットを振り返る
オシャレっぽいのがダメ!みたいなの、武骨ロッカーみたいな感じだった当初の志村ならいかにも言いそう。雑誌の取材なんかでオシャレ衣装を用意され、かたくなに断ったりしていたみたいですからね。

そう思って見ると、フジファブリックのアルバムジャケット変遷はそのまま音楽性の変遷ともいえますね。初期は文学ロックというか内々にこもった感じ、志村の方が聴く人を選んでいたような気すらする。
それが、『Teenager』あたりから解き放たれ、誤解を恐れずに言えばより一般的な路線に入った。もっと多くの人に聴いてもらいたい、みたいな志村の変化をも感じるわけで。
というわけで、5枚のアルバムの中では『MUSIC』はアルバムとしての個性は薄いかもしれません。その分、全体のバランス感はとてもよくて、他者を受け入れようとする優しさを感じる。
デビュー前後は「オレの音楽はBGMにせずにヘッドホンで集中して聞け!」くらいのことを言っていた志村が30歳目前に作った曲です。諸々のこだわりも解けていくような過程にあったのかなと音楽評論家でもなんでもない自分は思ったりもするわけです。
どの地点にあろうと、志村正彦の音楽は力がありますけどね。
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※志村正彦が絶賛した『スクール・オブ・ロック』↓
コメディ映画が大好きです。ライター歴25年中、10年近く映画ライターでしたから何百本見たかわからない。 みじめん ベスト1は? 毎回変わるので答えられません。 ただ、相手の年齢や性別、趣味趣向やらイデオロギーを問わず[…]
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このインタビュアー、日本で一番うまいのではないのか? 普通に考えて、フジファブリックファン以外の人がこの本を手に取ることはないでしょう。 だけど、これはファン以外の人が読んだとしても絶対に面白い。単なるヒマつぶし目的でも、出版な[…]