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【読書でバカにならない法】「本好き」「テレビ見ない」「フリーランス」は情報弱者リスク大?

私はフリーのライターです。このような仕事をしているだけに当然のように活字中毒です。電車に乗って「あ!読む本、忘れた」状態になるのはもっともイヤなことの一つという気がします。

が、一方で世の中に「一か月に1冊も本を読まない人たち」が47.3%もいると聞いても特に驚きはしません。

上から目線で「ダメなヤツらめ!もっと本読め!」みたいなこともまったく思いません。 ※文化庁の平成30年度「国語に関する世論調査」より

この手の調査だって「なんてひどい!ダメなやつらめ」みたいなことは言ってませんがね。言ってはいないけど「憂国談義」みたいなムードは行間から漂ってくる……。

 

みじめん
「本読まない=バカ」という構図

うっすらぼんやり染みついた社会規範の一つくらいな感じでね。

ついでに「テレビばっか見る人=バカ」みたいな構図も未だに消えません。ネットにシェアを奪われた本とテレビはお仲間なのにね。そんな私はテレビをめったに見ませんが。

みじめん
つまり、自分は賢いと?

残念ながら逆です。

読書礼賛みたいな風潮は思い出せないくらい昔からあって、この手の調査は読書する人が増えれば国力が上がると思ってるんじゃないかと疑いたくなる節もある。

しかしそれは読書に幻想を抱きすぎってもんです。

私だってね、読まない彼らがバカだったらば、どんなによいかと思います。

が、そんなことはまったくない。むしろ、普通に就職して常識的に生きている率の方が高いでしょう。

一方の「本読む」「テレビ見ない」自分はどうだったか?
その実態は情報弱者にもほどがありました。

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SARSって台風だっけ?

若い頃の自分は「自分がバカであるはずがない」と信じようとしてきました。

同世代よりも本を読んできた。その分、教養もあり、賢い人間であるはず。世間ではそういうことになっている。巷でいう漢字の書けない若人、たとえば、地域の「域」が書けない若人とは一線を画すはずだと。

みじめん
なんで突然、地域の「域」

ですが、そんな自分は他と一線を画すほどのバカでした。ここでいうバカとは「社会人として無知にもほどがある」という意味のバカです。

例えば、2003年ごろだったか。
中国から香港、ベトナムあたりでSARSが大流行しました。もう連日、新聞やテレビで大騒ぎです。幸いにも日本で流行することはなかったのですが、ほんとそれ幸い。今回のコロナ禍を経験した私たちはイヤと言うほどわかっています。

ともあれど。

SARSが中国で大流行していた頃に知人の編集者が香港に出張することになったわけです。

仕事仲間A 「香港だって。ヤバいよね」
私 「え、どうして?」
仕事仲間A 「どうしてってSARSに決まってるでしょ!」
私 「あ、ああ!そうか、そうか、それはそうだ。サーズ、心配だ!」

一応、サーズというのは音として聞き覚えがありました。でも、香港とどう関係するのかがわかりません。台風とかハリケーンの一種かな。これ、知らないとマズイやつくらいの判断は働き、とっさに取り繕ったわけです。

なお、知ったかぶりする時のコツは「絶対に目を泳がせてはならない」ということ。

帰宅するや、20年近く付き合いのある友人に電話を掛けました。自分だけがわかっていないらしい現実に直面した時、私は彼女に指示を乞うのでした。

私 「サーズって何だっけ?」
友人A 「どういう意味?アンタ、いったい何言ってるの?」

友人Aの口ぶりから当然彼女も知っている、私以外の全国民が知っている。それは明白でした。彼女は言います。ニュースでさんざんやってるよ、と。

「いいや、俺は知らん!」という人にこっそりお教えしますと、SARSというのは病気の一種です。重症急性呼吸器症候群の略でインフルエンザにそっくりな症状です。でもって亡くなる患者さんもいます。

みじめん
下の記事に書いてなかった? SARSのこと。
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エボラウィルスとSARSのコロナウイルスは同じようにコウモリが媒介する可能性が高いって話です。そう、SARSもコロナウィルスの一種です。ぬけぬけと知ったかぶりやがって、みたいな目で見るのはやめてくださいね。記事を書くとはそういうことなのです。

マグワイア62号はミサイルですか!?

ついでにもうひとつ行きましょうか。

98年の頃か、アメリカの野球選手マーク・マグワイアがホームラン打ちまくって、日本のスポーツ新聞にも『マグワイア62号』みたいな見出しが躍ってたわけですよ。

が、当時はスポーツ選手にまったく興味がなく何のことだかさっぱり。「マグワイア」なんて怖そうな名前なので人だとすら思っていませんでした。(のちに『スパイダーマン』に主演するトビー・マグワイアでマグワイア姓を初めて認知したのです)

みじめん
この時は何だと思ってたの。

その少し前にやはりスポーツ新聞に号付けの見出しが躍るのを目にしていたわけですよ。『テポドン1号』とね。

「ああ、そうか。怖そうな名前から察するに、これと同じシリーズに違いない」とね。思ったわけです。

みじめん
無知は罪を地で行く例。北で炎上する

スマホ前のあなたも多分に引いていることでしょう。

本当のところ、迷いながら書いているわけです。私だって引きますからね。同じ人間が「人を惹きつける!文章の書き方講座♡」みたいな記事をアップしたところで読む気が失せそうです。

勢いついでに言い訳しますと、今はこれほどひどくはありません。時事や一般的なニュースがちゃんと残るようになったのは読書ではなく、単に年齢を重ねたせいかと。

みじめん
クレ556は知らなかったけどね

 

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どうして私はこんなにバカだったのか?

なぜ、私はこれほどまでにバカだったのか?
「みなが知っているようなことを、知らなすぎる原因」を洗い出してみたいと思います。

年齢を重ねるうちにまともになっていったことを思うと「単に興味の問題」とかね、「当時はオシャレと恋愛にしか興味がなかったからだ」みたいな部分は見え隠れします。

が、同じように「オシャレと恋愛にしか興味がなかった同年代の友人がSARSを知っていたのはナゼ?」という疑問も残る。

 

世の中には「気が付いたら知っていた知識」というものがあります。

要は日々の生活の中で、特に意識していなくても習慣の中でなんとなく入ってくる知識ですね。

でもって、当時の自分の無知を探っていくと思い当たる習慣がいくつか

その1、読書をする
その2、テレビを見ない
その3、フリーランスで動いている
その4、一人暮らしである

まず、読書とテレビ。
冒頭でも触れましたが、この2つはなんというのか、たいていの場合は対比関係にあると思うのです。

「読書する人はテレビをあまり見ない」
「テレビばっかり見る人は読書をあまりしない」

絶対ではないですがね。ちなみにインターネットは「読書する人」にも「テレビ見る人」にも親和性がある媒体です。ここはひとまず置いておきますが、一般的にいって「読書◎」「テレビ×」みたいな価値観が浸透している。

みじめん
「読書する人」>「テレビばっかり見る人」

私自身は「読書◎」「テレビ×」の価値観に支えられ、やってきたところが大きいのです。

が、平均的で常識的な国民を生み出すものは実は本ではなくテレビなのではないかと。

当時の私は半月くらいテレビをつけない時期もありました。

みじめん
だから、SARSを知らなかった

そう。責任転嫁みたいですが、そう!

「であるなら、新聞を取れ!」というのはごもっとも。
新聞を読み、経済書を読み、小説も読み、歴史の本や哲学の本も読み、自己啓発とかカルチャーの本も読み、人気マンガも読んで、みたいなバランスのいいタイプなら「みんなが知っているのに自分だけが知らない」という現象はまず起こらないでしょう。

ただ、読書とひとくくりに言っても、ほとんどの場合。
というか、私程度の読書家では読む本に偏りがあるのが普通です。

自分の場合、20代の頃は小説と映画の本、あとは哲学書くらいしか読みませんでした。今は哲学の本なんか読みやしませんがね。

結局、読む本って自分が好きなこと、ふだん考えているようなことに終始してしまうわけです。専門性の追求には適しているものの、逆に言えば、世界は縮小しがち。

なおかつ、「これなら読めそうだ!」じゃないですが、その時のレベルに合ったものを選ぶのが普通。となると、自分を超えるような出会いというのは意外と起こらない。

翻ってテレビの場合。

完全に受け身であることが幸いし、自分がふだん考えたこともないようなトピックが突然入り込んできます。

それは意識せずとも世界が広がる可能性を示唆しています。オシャレと恋愛のことを考える脳の片隅で、SARSの猛威に恐怖したり、マグワイアの猛威に歓喜したりもできるわけです。

みじめん
テレビってすごい発明だ!

何をいまさら。
と言いつつも、その恩恵に預かれなかった(預かろうとしなかった)自分もしみじみ思うことでもあります。情報としての密度は薄くとも手っ取り早く「平均値」にはいける。この点に関しては新聞やネットだって適わないわけでね。

みじめん
新聞取っても結局、三面記事しか読まない人もいるからね

「フリーランス」と「一人暮らし」は情報弱者リスク大

ちなみに、「読書する」「テレビ見ない」に加え、「フリーランス」とか「一人暮らし」のキーワードが入ってくる人は要注意です。

要は会社員であったり、家族や友人と住んでいたりすると、自分以外の人間の興味に触れやすいわけですよ。いや、触れようとしなくても勝手に入ってきたりする。こっちの興味のないMBLの話を振ってくる上司がいたりね。

だけど、そういう人たちに囲まれていると、マグワイア62号が怖そうな名前だからってテポドンの関係者じゃないかと思うようなバカはやらかさないでしょう。興味のない話を延々してくる人って実は有難いわけですよ。

みじめん
自分がされたらヤナくせに。

まぁね。
ただ、自分の無知さが少しはまともになったのは結婚して以降です。私は結婚万歳!なんてことは言いませんし、そういうタイプのブログを書くつもりもない。

けれど、家族を持つと5割くらいは他人の情報にまみれることになります。リビング行ったら見たくもないテレビがついてたりね。特に聴きたくもない音楽が掛かってたりね。

そうして、自分の人生には関係なさそうな情報が、たまに役立つこともあるってわけです。

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ショーペンハウエルをまずは読め!読書バカを脱出する法!

さて、「本エライ」説が始まったのはいつからかわかりませんが、私が物心ついた時には既にあり、多分この先もずっと続きそうです。

本が好きで出版業界に携わる人間として「本はエライ」的な社会規範が消えてくれるな!とは思います。

その一方で、私自身は何をもって「本がエライ」と言えるのかが実はよくわかりません。

「本の持ち上げ」はあんまり読まない人たちの幻想じゃないかと思うこともある。見ない私が「テレビ見てたら、実はスゴイことになってたかも!」と想像するのと同じシリーズでね。

The man
三大発明の驚きが今もってDNAにも組み込まれているとか?

火薬、活版印刷、羅針盤ですか。
歴史の授業で習った時は「それが発明と言われても……」くらいにイメージできなかった中高生ですが、それでも組み込まれていたのでしょうか。

結局、正論になりますが、「本を読む、読まない」の先の「どう読むか」ってところまで行かないと「エラい読書」にはつながらないんだろうなと思うわけです。

で。その「エライ読書」につなげるには。

The man
ショーペンハウエルが役立つでしょう。
「読書とは、自分の頭ではなく他人の頭に考えてもらうこと」
「多読はするな。大事なのは読むことよりも何を読まないかだ」
「重要な本は続けて2度読むべきだ。次々と本を読み、後から考えずにいると、せっかく読んだものもしっかり根を下ろさず、ほとんどが失われてしまう」

これって、自分の軸なし読書では意味ないですよ、みたいな本だったか。

読みましたよ、若い頃。まさに禁じられた多読の真っ最中に。そうして、彼の言う通り、詳細はすっかり忘れていましたが、調べてみると結構面白いこと書いてるわけです。毒があって示唆に富み、これこそ繰り返し読みたくなるような。

ショーペンハウエルは「ここ最近に出版されたものではなく長らく読み継がれてきた古典を読め」とも書いていますね。書いた当時はそのつもりはなくとも、結局、世紀をまたいで宣伝することになるとは。アッパレです。

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